yoshihide nakajima
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2010.03.15
category ; diary

明日は朝から区役所に行って、夕方から前職の先輩の家へ遊びに行く予定。

パネルに水貼りを黙々と続けていたら、キッチンでオーブンが動いている音がしていた。チョコレートのにおいがするなー、とは思っていた。休憩でお茶を飲みにダイニングに戻って、自分用の急須でお茶を飲んでいた。そうして後数日で他人になる人と話していて、ちょっとした用事で僕は他を向いた間に用意されたケーキ。後ろから「誕生日おめでとう」と声が聞こえて、チョコレートケーキがダイニングテーブルの上に置かれていた。紅茶をいれてそれを食べた。「いままでありがとう」、「これからもよろしく」と二人で言い合った。それだけ聞けばなんともロマンチックな話しなんだけど、その前まで僕は電話で友人に「次の彼女として、どの子がいいか?いやそれともこのまんまの俺にできるんか?改造はいらないのか?」みたいな話しをしてただけに、唐突に起こった「ハッピーバースデー」との現象と、気持ちのギャップに笑ってしまった。その二つのどちらも嘘じゃないのは本当。

自分の誕生日も忘れてしまうような僕に、今回起こったことは、僕を岐路に立たせ、僕に様々な事を自問させ、自分の欲望?心?の底をみせ、そして僕に選択の余地のない事の決定をさせた。でも今、後数日で他人になる人に、ほんとうありがとう、感謝していると、僕はほとんど心の底から言える。

僕が初めて彼女の字をみたのは10年前。空中線書局の間さんの造本で自分で作った篆刻の本「ichi ここ」。元々高校の後輩だった彼女に、僕はたまたま寂しくなって下心があって会いに行った。そしてしばらくしたら彼女が書くことを見た。僕はコンリートポエージー等の造形詩や、もっと言えばマラルメを見た事がグラフィックデザインの仕事をやるきっかけになった。でも、興味の対象は決してデザインに対してではなかった、当時はもっと声のような詩や文字、歌うような詩や文字や、そういう文字を超える文字、または新しい詩を経験したい考えていたように思い出す。自分が探せる範囲で探したけれど、似たものはあっても、僕が「これだ」と思えたものはどこにもなかった。(僕の理解力も足りなかったのだろうけど)。その時に彼女の書く字の線を見た。一本の線の中にたくさんの声のような軌跡があった。それぞれの部分は自由で、それがねじれながら、途切れながら、一つの運動を共同して作っていた。これだ!これが字の形をした声だと思った。それで僕は自分の制作することをやめた。やめた、もうひとつの理由は彼女に下らないことをするなっていわれたからでもあったw。それから10年たって、機会があってほとんど捨ててしまった僕自分の制作物をひっぱりだしてきたら、彼女は「ええやん」と言った。この10年はなんやったんやろうと思ったけど、それで僕は自分で書くということを再会した。

僕は10年も前に彼女の線にみて感じたことを、今でもそれを見る時に同じようにそのように感じることができる。今日彼女は誕生日の僕にケーキを焼いてくれたが、僕は何もかえせてない。だから、せめて言葉だけでも今日「ありがとう」と言った、そして今日そう言った事を覚えておきたいのでここに書いた。

2010.03.11
category ; diary

最近、割とブログ、いやこれは日記か。。を、頻繁に書いているのは、焦っているから。それに、作業の進捗がないから。夜不眠のせいで、昼に少しする昼寝の中で、ビルの下から上までトイレを探しまわる夢を見るなら、起きてトイレをして熟睡したいものである。最近めっきり寒くなった。マッコリなら大好きなのであるが、めっきりなのである。

今日は夜に渋谷でライターのY君と打ち合せというより食事なのかな。3年程あってなかったしそのブランクを埋めるように色々話し込む。彼は歯に衣着せぬ物言いをするがそれが大好きだ。行く前にしようとしていた話は結局しない事になって、僕が自分の為にやっていることや、プライベートな事を話して別れる。分からないことを分からないと言えて、違うと思うことを違うと思うと言える彼の話し振りが変わってなくて、その彼が変わってないねと僕にいうのだから、僕も彼とあった時から変わっていなのかもしれない。それまでにパネル20枚にケントを水貼りできるかな。結局、できなかった。

翌日、区役所に行く。不手際で計画通りにはいかなかったけど、それでも帰りに二人で構内の食堂でカツカレーを食べる。福神漬けとさくら漬けはたっぷり。その後、一度家に戻り、FOILギャラリーで当日から開催の「新津保建秀+池上高志 Rugged TimeScape」のオープニングに行く。会場のサウンドは渋谷さんとevala君。作品について、言葉じゃうまくいえないけれども、抽象なのか具象なのか、またそれを跨いだように見えるその原因が何なのか、自分自身とても深く考えさせられた。とても挑戦的な試みがなされた展示だと思った。その後、打ち上げにて飲む。そそうをする。ごめんなさい。

その翌日、渋谷AXであったコンサートに行く。NHKと、DJVBAKUさん+いとうせいこうさんが、前にパフォーマンをした後、渋谷さんと相対性理論の演奏が始まった。パフォーマンスはとても良かった。何より渋谷さんのピアノとローズの音とやくしまるさんの声の質感が、僕は他には得難いリアリティーがあると感じた。本当に良かった。NHKの2 人とは、以前京都のメトロで共演したことがあった。その後もう一度あったのだけれど、それ以来の久しぶりの再会を祝して話をしたりした。打ち上げに付いて行く。とても著名で大ファンのミュージシャンの方と話をしていたのにも気がつかず、全く気がつかないという認識力の低さ。フェンダーのミュージックマスターについて熱く語った事、後で思い出して穴があったら隠れたい気分になった。昨日の自分の謝らなければならない僕自身の先日のそそうをあやまらなければならない人にあやまりながらも、その後飲む。

ある日、たまたま会った人をいらつかせるような事を僕が言った。結果正論をもって切り返された。その通りです。ですので、それについては責任をもってちゃんとします。僕はある他人のやっている事について、その言葉に詩学はないと言い、その制作をたたのデザインだといいい、その他人のやっている事を否定した。それだったら、結僕は何をしたいだろうと自分に問う。ただ今、僕に言えることは、自分にあるよく分からないこの内実を、制作を通してそれを知りたい、ただそのくらいの事でしかない。そして結局は僕は、否定した他人のやっている事と、それほど変わりなくする事しか出来ない事を痛感した。こういう愚痴や、嫉妬めいた事を他人に言うのではなくて、誠実にその他人と話、その上で僕は僕の思う平らな場所で、それを言うべきなのだと深く反省した。いらつかせた人、ごめんなさい。(昨日は酔っぱらって書いていたので多少書き直しました)

2010.03.10
category ; diary

仕事で夕方から打ち合せに出る。ひとしきり打ち合せを終えて、社長と焼き鳥屋に飲みに行く。仕事以外の話として、決して前ばかり向いてはいない、後ろから前を眺めているような、自分のプラベートな話や自分の話をしてしまった。すみません。で、酔いました。

やっぱりここにあった段落は消した。

でも、あるミュージシャンが日記書いていた事。昔に原田大二郎が出演していたテレビ番組の中で、最近の日本人は道端でもキスをしたりして、欧米かぶれして困ったものね、はしたないとは思わないのかしら、という流れの会話がされていたという。しかしその渦中、大二郎は突如言い放ったという。「愛し合う二人のキスにきれいもきたないもあるか!すべてそれは美しいものなんだよ!」その日記にそれに共感したという風な事が書いてあった。「愛し合うか。。。」大二郎の映像音声もろとも私は確認していないので、ただの受け売りですが、確かにその通り!!それが決定的な真実だと思います!!そう自分で言って、これで今まで言ってきたことがご破算になっちまう世の中って、まあ捨てたもんじゃなねーなと思う。

そして今日も帰りにバーに吸い寄せられてしまった。隣に中国人の女性、どこの出身かと聞くと上海。水商売をされている女性らしい。どんな名前を書くのかと聞くと「胡」というらしい。「日本好き?」って聞くと、「好き、いや仕方ないと答えた」。二つの答えを同時に言う女だと思った。「最近帰った?」と聞く「一年に一回くらい帰るけど、あまり帰れない」と言って笑った。帰れない事情もあるのかもしれないなぁと想像した。「この先、ずっと中国には帰らないの?」と聞く「わからないと」答えた。その後、目先の事なんかについては、色々と笑いながら話しもしたが、会話もなんとなく収斂したので、口先で「きれいやなー」と言ったら、口の端に笑いを浮かべて「ハートがないね」と答えられた。お主、正解だよ。確かにハート抜きでした。まあ「ハートね、ハート、それ大事ね」と、なぜだか僕も片言の日本語になりながら、繰り返し呟いて、しばらくして帰宅した。

さあ、ブルースでも聞きながら寝るか!!確定申告をして、そして絵を描かないといけね。あ、そうそう雪が降って来た。途中雨だったけど。春が来たと思ったら、雪が降って、そしたらまた暖かくなったりするんだろ、そうやってやきもきさせてから、春がやってくる事くらい俺も知ってる。

2010.03.07
category ; diary

髮も切りにいかないといけないし、色々あるんだけど、それらを全部先延ばしにして、さあ、この雨降りの昼前から深夜まで書きつづけるぞ。1枚だけ、ちょっと書けたような気分。少しだけほんの少しだけ。何かをまたは人をまたは自分を傷付けながら書けた絵。少しだけ好きだと思った。

編集者ライターの友人のA君から電話。自分の声が入ったのテープをしていて、僕の事を思い出して、電話をくれたらしい。近況と少し先の事を話す。話していた少し先の事がうまくいくといいなと思う。まずは計画、それくは得意なのでサクッとやってしまえばいい。ついでにそれについて寝てて思いついた事もあった。彼は僕の引越には、動機を理解しながら賛成はしなかったはじめての人。まあそれでも自分で決めたことだから、意識してそれも選択すれば、悪い結果にはならないかな、とも思う。

深夜、僕のいる場所に人が来た。僕はただ窮屈な気分になる。でも、窮屈でない自分のあり方を試そうとその人に対してコミュニケーションを試みても反応はその薄く、僕の心情、その人の態度が変わることはなかった。僕には終えきれていないだけのことで、他人には終えたことなのだと、その時に思った。ただそれだけ。まあ、僕が冷徹になればいいだけの話なのだけれども、中々そうもいかないのは自分の事情だし、さらに時が違えばその人の態度も急変するので、いちいち自分の中の大波に、自分がさらわれるような気分がする。沈没船の残骸、用をなさない、鉄屑のように沈んでしまえば、波などとは何の関係もなく過ごす事はできる。下手に浮きあがろうとするから、ヨタヨタと幼児のように、水面を歩き、小さな窪みで躓くのだろうなぁ。きっと。

一緒にプロジェクトをやっているN君とのやりとり、一歩ずつ進んでいるのに、僕が電気の気持ちがいまいち分かっていない。ここは勉強しなきゃなんない。

翌日、朝から区役所に行った後、レシートの山を入力して、確定申告しなきゃいけない。それができるだけ早く終わったら、また絵を書けるのにと、終えてもいないのに、終えた先の事を思って、終えなければ行けない事に中々着手しないのが、僕の悪い所だ。さあー、おれの引き出しに溢れかえるレシーツよ、待っていろ、今から入力してやる。

その後、結局レシートできなかった。。。明日やる!!!ペソアもそう言ってたもん、今日出来る事は明日でいいって。などと理念のなくそういう言葉を言い訳に使ってはいけません。ついでに働くな!!も。それならザッパがパッパラパーのヒッピーに怒鳴りつけた「社会で働け。そして同士が決起するその時まで、社会の歯車として生きろ」的な発言(詳しくは覚えていません、たぶんヒッピー全盛の頃、「お前達はあだ花だ!」みたいな発言から始まるMC)の方が、今自分には前向きに思えたりする。

2010.03.06
category ; diary

今日は昼から医者に行って、都内で打ち合せ一件、その後に藤沢で打ち合せ。藤沢で打ち合せが終わり、Aさん等に素晴らしくおいしい蕎麦をごちそうになる。いつもすんません。そして都内まで帰ったが、途中で「ちょっと一杯」の欲求に負けて、モルトウィスキーのボトラーズ物が割とおいてある店に入る。客は自分一人、バーテン口べたすぎる、ストレートで飲む。そして、あーあ、何してるんやろうと思った。その一杯だけ飲んで外に出る。すると次に、自分の中のサモハンキンポーが暴れ出し、餃子がすさまじく食べたくなった。近くの中華料理屋を物色して、餃子だけを注文して食べてやった。会計を済ませる際に、レジの側においてあったフォーチュンクッキーを見つけたので買い求める。書いてあったこと「何でもできちゃう、ラッキー運。今までのびのびになっていたことは、今日のうちに。」とあった。さて、今日はもうほとんど終わったぞ、ラッキー様よ。今更、何をしろというんだ!それに「できちゃう」って、漫画「みんなあげちゃう」みたいで、ライトな言葉遣いながら下品やないか!!一番下に、「この紙は食べられません」。山羊でもあるまいし、そんなことわかっとるわ!!豆知識として、wikiによればそれは日本人の庭師によって1900年前後に広められたものらしい。漫画「ラッキーマン」みたいな、「ラッキー運」というものが、どれほどのものかはしらん、でも、自分に今現在あるアンラッキーの後に起こる事は、相対的にラッキーである可能性が高い事は認める。正解だよ君、フォーチュン・クッキー君。ただし、今日はもう何もしません。

結論として食べ過ぎなので、反省。

2010.03.06
category ; diary

絵を書いて、その後20:00に、ライターのEさんと待ち合わせて飲む。色々近況を話す、というより愚痴ってしまった。すんません。ワインを一本明けて、電車のあるうちにバイバイをして、歩いて帰るつもりが、よくいくバーによってすまってアードベックを2杯飲む。普段ならこれくらいで酔っぱらうはずもないのだけれども体調が悪かったのかな、それなりに酔う。途中まで歩いて帰って限界。途中からタクシーに乗って家につく。寝ようかなと思って横になる。すると急に気分が悪くなる。便所で約5回にわたってぶちまける。その行為自体はタイムスリップみたいやなって思う。今日自分が飲んだワインや、コーヒーや、その前に食べたカレーまでにさかのぼっていく、このまま吐き続ければ自分の発生にまで遡れるのかもしれないと思うほどに、時間を地層のように正確に記録している。口接器官など外に開いた器官は、ほとんど精神だ。悪い気分の時には、そこからのぞきこんで自分を見返して、この場合は自分を自戒して公正させる機能をする時もある。公正などする程度のことでもないのでしない。良く機能する時のそれはほとんど知らない。ひとしきり片付けを終えて、自分のしたことの始末をして、紅茶を飲みながら、布団に入って思うことは、どんな夢も見ませんように。ただそれだけ。夢に精神に対応する何かがあったとしても、そんなこと知った事ではない。どんな夢も見ませんように。夢に時間がありませんよう。そのようにいつも願って床につく。

とはいえ、今酔っぱらってますから、戯言です。

2010.03.04
category ; diary

前倒しで仕事をして結局終えたら23時。でも、これから書くんだよと、自分に言い聞かせる。乾かす場所がなくなった。やっぱり作業場を片づけないといけないな。今は外は雨が降っているけど、明日は20度らしい。いつも予定は狂いっぱなし。

なぜに、ロシアのアニメは、こうも動きにくくもありながら、同時にどのようにも動いてもおかしくないのだろうと思える。そういつも思う。Alexander Petrovのアニメーションはすごいと思うけど、マルチプレーンではないのかな。シーンや作品によって違うのかな。2レイヤーは確認できたけど、、しかしながら動かなさ過ぎ、動き過ぎ。

罪には三つの種類があるらしい。法律を犯したことによる罪、道徳的規範に反することをしたことによる罪、宗教上の教義に背く罪。僕は最近の自分自身の経験を通して、憎しみや罪を、疎外して愛は語れないということを感じた。しかし、愛だなんて(笑)。まあ、ともかく僕はフィクションには生きにくいということだけだけど。

あー、書けねーーー!!!

2010.03.03
category ; diary

成果の出ない日。手の暴力が足りないのだろうか。「わたしは書く、 能(あた)うかぎりわたしから遠く」/ アンドレ・デューブーシェ、吉田加南子訳「流れ星」より。そのように不在として書きたい。今から煙草を買いに行って、15時まで書いて、18時には起きてまた書こう。作業を3時までと言いながら、結局乾燥場所がなくなった。いや本当は煮詰まって終える。
反省点と課題の列挙
・形にしばられて、自由な動きが作れないのは、画面の大きさ?もしくは支持体を布から紙へと変えたのが悪いのか?書けるストロークが単調すぎて見ていて自分で吐き気がする。
・大きさを意識しすぎて結局ストロークに集中出来ない。作業スペースを小さな物用と、大きな物用に分けた方が良いかもしれない。明日はその準備からやる。
・また、実制作としては、気が抜いて出来、大量に素材のあるコラージュから作業を初めるのが良い気がする。
今日はもう寝る!!

Mike Pattonのすばらしい8分間。

2010.03.01
category ; diary

作業場を片づけて、本格的に大物開始。あかん、全然画面が育ってくれない。発芽もしない。種もどこにあるかもはや見当もつかない。いつものこと。これあかんわ状態やわ。ぜんぜんあかん。ひとつもええとこない。
なので、これから池袋に行って、頭の中のものを全部落としてこよう。

東京芸術見本市
音楽ショーケース
清水靖晃+渋谷慶一郎
3月1日[月] 19:00~20:30/東京芸術劇場 中ホール
ディレクター:國崎晋(『サウンド&レコーディング・マガジン』編集長)

聞き終えて。昨日は素晴らしかった。特に清水さんのソロのサラバントだっけ?かなが、個人的に好きだった。演奏者から発音される原音に、重なり、また遠ざかり、空間を変質させるように拡張、操作されるアンビエンスなどを、一緒に耳に入れながら、僕のささいな昨日や今日や明日のことなんか、ほんとたいした事はないと思った。音楽の力っていうものを僕は、すっかり忘れていた。それは同時に音楽を聴く力なのかもしれないけど、そうやって忘れたことに気がついたら、素直にごめんなさいと思っていた。本当に感謝。その後、打ち上げに参加させてもらって楽しく歓談。

帰ってから書けるかなと思ったらダメだった。朝起きて書いてもダメだった。何かが違う。手が忘れているだけじゃなくて、もっと根本的な何かを忘れている。明日も早朝からトライしよう。僕がみたいと思っているものは、まだ僕が見た事もない訳だから思い出す事はできないのは当然。でも、それを想像することはしたくない。期待としては眼前に突然「そのまま」として現れてほしいと思う。まあ設計は必要だと思うけど、そんな事あんまり考えたくもない。あくまで前向きに。

2010.02.28
category ; diary

夕方から作業場を片づけていた。やっと少し結果が見えて来たけど疲れた。休憩がてら、コーヒーをいれてリンゴをひとつかじった。大きなリンゴだったのでそれなりに満足した。ごく小さな音でマオリの女性達が歌うレコードをかけて聴いている。片づけていたら、色々なものが段ボール箱から出てきた。それを見ているといくつかのアイデアを思いついた。後は時間との勝負か。しばらくしたら体力の限り徹夜しなければいけないことは覚悟の上。他にもshin-biでやったコイルを使った音の展示映像もまだ編集してウェブにアップしていないし、その装置そのもののアップデートもしないといけない。もう少しでとても面白いアウトプットができるのは見えているのに、どうしてやらないんだか、ほんと自分がもどかしい。

僕は、自分の事については、何をするにも愚鈍で、その上優柔不断。何の確信などない、だから迷走して「する」しかないのだと思う。

明日の夜は渋谷さんと清水靖晃さんのコンサートに行く予定。

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