京都shin-biで開催される、以下のコンサートに出演します。
当日の自分の内容ですが、最近試行錯誤しながらパフォーマンスで使っている、その場で発生させた具体音を音源にしたセットを中心にやろうと思っています。
Title / もぐらのプレゼンテーション
Date / 2010.4.16 fri. 19:00open 19:30start
Place / shin-bi 京都市下京区烏丸通四条下ル水銀屋町620番地 COCON烏丸 3F
Charge / Adv.1800円 Door.2300円
出演 / Yabemilk, しんせき, yoshihide nakajima, もぐらが一周するまで
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新潟であった事のメモ。
その場所は、僕と既に他人になった人とも縁の深い場所だった。だから不思議な気分で行く準備をしていた。会期が始まる朝、始発の新幹線に乗って行く予定だった。だが、作業場を出る前に障害があり、始発の次の電車に乗ることになる。次の電車は始発の時間の1時間後だったので、これで開場の1時間前にしか到着できなくなった。2時間あった搬入時間が1時間になった。乗車する電車の名前のMAXトキを複雑な名前だなと思いながら東京駅から乗り込む。全く眠らずに向かったので燕三条あたりで眠りはじめて、気がついたら新潟駅だった。改札を出ると会場の大倉さんと舞踏家の堀川さんが待ってくれていた。そこから車に乗せてもらって会場へ向かう。会場では井上さんが待ってくれていて、早速、手持ちで持って行った荷を解いて、床に広げ壁にかけていく。今回の支持体は基本は紙、他の4点はパネルだった。会場は古い街屋を改装、移築した1階にあって、壁は土壁や漆喰でできている。僕は疲れと、なんだかよく分からない到着が遅れた理由への苛立と、申し訳ない気分で一杯で、ただ呆然としていた。
普段は展示を自分の指示で全てやる。図面をひいていくか、現場で調整し、かけられるだけの時間をかけて、自分の目が納得いくまで、それをやる事が多い。展示の技法は、展示そのものの中でとても重要だと思っていた。でも、今回は人の目と手に委ねた。なんとなく、この方々になら委ねてもいいと思えた。今回、その判断ができたのも、この展示までの僕が過ごした半年の時間が関係しているのかもしれない。会場の30分前になっても、まだ作業は終わっていないかった。堀川さんは、わざわざ僕の絵を見てから行く為に、パリ行きを一日遅らせて、さらに搬入まで手伝ってくださった。幾つか、置き場所に理由のあるものだけ数点を「ここにしてください」とお願いして、それ以外は絵の天地さえもお任せしたものもあった。見えるように、また見られるように見られていいと思った。
最後にキャプションとプライスリストを作った。価格も「動く値段で」とだけお願いした。僕は今自分の書いたものが人の手に渡ることを重要だと思っている。アカデミックな履歴も、賞歴も、出版物も、媒体への露出もない、僕の絵が買われるという事は大変な事だと知っている。つまり購買の根拠が、絵そのものか、この僕自身にしかなく、過去に何もそれの価値を担保することがないのだ。未来?それもその人が信じなくてはいけない。だから難しいという事だということを知っている。実際、僕が平面の制作を続けているのは、最初にやった展示から、全く縁もゆかりもない他人に物が売れたという事が大きい。その時に初めて、ある個人が持つ有限の空間に自分の作ったものが体積を占めるという事態を経験した。この快楽がまず大きく、それと担保されていない価値への対価としてのお金を支払った人への責任として制作を続けている部分があるように思う。だから「動く値段で」と言った。そう言った僕はそうすることを言い訳に、本当は書く事を続けたいのだと思う。
そして開場の時間になった。僕はすっかり疲れきっていたので、宿泊先となる2階で眠っていた。ずいぶんと眠っていた。そこからほとんど毎日昼間は、お客さんと話しをして、夜は持って来た仕事と最終日のコンサートの準備をして過ごす。僕はピグメントから自分で作ってやっているので、特に技術的な会話が多い。だが何を書かれているのかと聞かれると、やや不誠実かな、、と思われる答えしか持っていないので実はとても困る。僕にとってモチーフは結果もしくは借り物で、それを構成する線に可能な限り運動のバリエーションをあたえ、その運動性をとどめるという一点にしか自分の興味はない。だが、そこまで説明しても、さらに何を書いているのか?と聞かれると全く答えはない。線?点?ぐらいにしか答えようがない。僕にとって音も平面もそれ自体を考える装置なのだ。それが故に自律的であるといえば聞こえはいいが、単純に僕はそれをすることによってしか、それを考えることができないということでもある。結局は口当たりの良い部分だけを選んで言うことはできず苦い部分まで話す事しかできなかった。それで良かったのかどうかなのかわからない。でも、不思議と自分が考えていたより物が売れていく。感謝もありながら、不思議もあった。
一人の女性が茶色い画面を4時間も見て、お買い上げを決められた。割と大きな画面だった。それが青に見えると話されていた。金属の粒子と保護ニスと外光の関係だろうと僕は言ったが、青みに見える事を繰り返し話された。そして見る時間を経て、それは僕には見えない、それ以上の何かになったのだと思った。その方の中で、もしかすると意味を持ったのかもしれないとも思った。
毎日、新潟に住まれている方が驚かれる程、天候は不順で寒い日が続いた。ともすれば布団から出るのがおっくうになって、布団にはいったまま仕事をしていた。ある日砂丘舘で音楽のイベントがあった、自分のイベントの下見もかねて会場に向かう。sawakoちゃんとは10年ぶりくらいに話す。jitter使いになっていてびっくりしたけど絵心のあるjitterだなと感じ、それがとても良かった。ラジオゾンデの青木さんとも東京で会って以来話したりした。そして、その日は大倉さんの誕生日でもあった。帰りにラーメン屋の変わった座敷で誕生日を祝う。餃子にローソクでもなどと冗談をいいながら、雪の降る寒い日に、あったかいラーメンでお祝いをした。
詩人の吉田さんが新潟に来られ、見に来てくださった。大倉さんと3人でリュートピアで舞台を見て、食事をし、お酒を飲んだ。お酒を飲んだのがジャズのお店だったので、僕はエリック・ドルフィーが聞きたくなってお願いした、それが探し出されるまでしばらくBarbaraが流れていて、ドルフィーがかかり、またBarbaraが流れていた。そして最後にはなぜかドドイツ。たくさんお話しをさせて頂いた。随分先輩のお二人に、こんな話しをしていていいのかと思いながら、言葉と話題を選ばずに話しをさせていただいた。とても楽しい夜だった。
最終日は春のようにあたたかかった。その日砂丘舘の蔵でコンサートを行った。PAをANTI MUSICの円秀さんにご協力頂いた。蔵に4chのスピーカーをいれ、ローボックスまでいれたので、音量はそこでそれまでで開催されたイベントの中で一番大きかっただろうと思う。僕はリアルタイムで集音した具体音の位相等を操作しながら空間で音を作り、一部を除けば弱音でのセットで演奏を行った。共演はevala氏、ディーゼルギター氏。両人とも、僕の展示の関連イベントとして開催したのが、もったいないくらい素晴らしい内容のパフォーマンスだった。青く見える茶色い絵を買ってくださった女性もいらっしゃっていた。打ち上げをして酩酊。ご協力頂いた皆様には本当に感謝しております。
こうやって、僕の半年にあったことは、新潟の冬の最後の寒さの中で、ゆっくりと解かされていったように思う。正直、新作があまり書けなかった。筆で自分が許せる線がひけるようになったのは、会期が迫ってからだった。でも、自分勝手だけれども、それでも良かったと思っている。新作はとても小さいものしか用意できなかったけど、この場所で絵を壁にかけさせてもらって、そうして人と会って話して会期が終わった。片付けをしながら僕自身が、これから過去の半年ではなく、今を生きていくのだということを実感した。そして東京に戻った。
新潟であったことは、別の機会に書くとして、東京に戻ってからの事。
山盛りの仕事を目の前に唖然としながらも、こりゃ月の半ばまではただやるしかねーなと思っていた。だけど、プライベートで、もうすでに用意は終えていて、忙しいからと言って、先のばしていただけの事から片づける事にした。これは、それぞれの中にある時間を進める為に必要な事だった。これは事実からすると、正確な言葉じゃないらしいけど、先日友人がそう訳して外人に伝わっていたので、僕はこれを「happy split」と呼ぶことにする。そしてエイプリルフールに、僕たちはそれを真実として行ったのだった。正直、別に真実が何かなんてどうでもいいとも思っている。嘘の対義語として真実を使ったまで。ともかく嘘じゃなくそれをやった。
新潟にいる間に、詩が生きて歩いてらっしゃるようだと僕が思う方、尊敬する詩人の方に「人に人は許せません!」と、それまで穏やかだった口調から、少しきつい口調に変えて、言葉を投げられた。「言われた、話された」という表現でも、いいのだけれども、なんとなくそれは、僕が受け止められるスピードでもって、優しく強く投げられたように感じた。当たり前の事「人は皆、等価であるから」それがその方が、僕を戒めた理由だった。そりゃそうだと思う。だけど、それ以外の言い方も見つかってはいない。ただ、認めるでもいいんだけど、もっと身体的な飲み込む、そんな感覚なんだけど、何て言えばいいんだろうと思ったりした。でも今は、もはや誰かに伝える為の言葉にする必要はないとも思っている。(それでは言葉と呼べないかもしれない、でもいいや、それを言葉と言いながら進める)なぜなら、僕が起こった事態を全部飲み込んだ時から、既にそれが交換のできない一つの僕だけの言葉として僕自身の中にある事を僕が知っているからだ。
そして僕はここから、まず僕の為に生きるという事をする。
つい先日「目が溶ける程泣いた」と話す女性と話した。そして彼女は今その後を生きている。歪みも闇もかかえたまま、笑ったりもしながら生きている。僕はなんだか得体の知れない、そういう変化そのものを健康に生きていくような力を、およそ無条件に肯定したいと思っている。以前、展示でも書いたような事。僕は運動だけを信じる。生命が波打ち際で始まったのなら、どんな変化など恐れることはない。運動さえ続けば、集合も離散も等価にあり得る事だと思うからだ。
今日は、久しぶりにパイプに火をいれながら、この日記みたいなものを書いたという事には何の意味もない。
新潟絵屋開催した自身の平面作品の展示と、同時に自身が企画し新潟絵屋主催で併催した砂丘舘でのコンサートに、ご来場いただきました皆様、お世話になりました方々、本当にありがとうございました。会期中は雪が降ったり、雨が降ったりと天候が安定しませんでしたが、30日は春の日射しが暖かい日になって良かったです。終わりよければ全てよし。そしてたくさんの方に絵を手にとって頂けた事(自分で予想していたより)と、素晴らしい内容でのコンサートが開催出来た事、自身とても嬉しく思います。皆様、本当にありがとうございました。
朝、新潟曇り。黄砂で窓に模様がついている。
昨日の朝の新幹線、始発を事情があり逃して、一時間遅れでギャラリーに入り、搬入を終えて、ディーゼルギターの能勢山さんにあいさつに行って、お客さんと話して、それから帰って、電池切れ。長く寝る。
搬入はギャラリーの大倉さん以外、舞踏家の堀川久子さんにも手伝ってもらう。今まで自分で展示の技法に付いては、神経質にこだわってやってきたつもりだけれども、今回は、おまかせでいいやと初めて思った。他の人がどう見てるのかを、まず見てみたいと言うのもあったのかな。感謝。ありがとうございます。
ギャラリーの大倉さんの書斎に宿泊させてもらっている。ホテルオークラと呼ばれ、風呂、布団完備。ほんと過ごしやすい。東京で置き去りにした仕事もここで十分やれる。佐藤哲三の素描が壁にかかっていて、夜中にじっとみる。農地、平野部の地平線は、見えなくなるまでの稜線が空と大地を分つ、ただひとつの線になる。そで木がなびき、風がふいているような素描だと思った。
見に来てくれて人とのお話、東京から持って来た仕事、最終日のライブの事、それと夜にどんなお酒を飲むかを考えると、もう頭が一杯。この土地で一度、酒を体にいれてから、全部考えたいと思うけど、まだ朝なんだ。それが今一番の悩みだ。
展示の写真は、またアップします。
■タイトル/中島佳秀展「平らな場所」
日時/3/22(月・祝)から30(火)
OPEN/11:00から18:00、会期中無休
※本展は、平面作品の展示となります。
会場/新潟絵屋
951-8068 新潟市中央区上大川前通10番町1864
phone 025-222-6888
■関連イベント/コンサート
3月30日に能勢山陽生氏(Diesel Guitar)、evala氏(port,atak)をお迎えし、展示作家の中島も出演するコンサートを砂丘舘の蔵にて行いました。
開場/17:45、開演/18:15、終了/20:30(予定)
料金/1500(ワンドリンク付)
主催/新潟絵屋、協力/ANTI MUSIC
会場/砂丘館(旧日本銀行新潟支店長役宅)蔵
951-8104 新潟市中央区西大畑町5218-1
TEL & FAX 025-222-2676
イベント出演者/プロフィール
・Youki Noseyama / 能勢山陽生(Diesel Guitar)
1967年新潟生まれ。主にギタードローンの演奏を行う。1987年より大阪で、即興演奏のグループに参加。1991年よりDiesel Guitarの名義で演奏活動開始。1993年大阪造形センターに置いてシリーズライブ「 PURSUIT OF NOISE」をMonde Bruits、Solmania、Masonnaらと開始する。その間、大阪を拠点に神戸、大阪、東京など各地でライブ活動を展開する。2000年から地元新潟に戻り、新潟を拠点に、大阪、東京でライブ活動を続けてる。http://news.fmn.main.jp/?eid=193797
・evala(port, ATAK)
サウンドアーティスト。port主宰、ATAK所属。先鋭的な電子音楽作品を発表し、国内外でのパフォーマンスを行うほか、様々な媒体やプロダクトのサウンドデザインやプロデュースなど、音を主軸にその活動は多岐にわたる。日本の最前線を担う音響作と評された1stアルバムからはや4年、今年3月と4月には2ヶ月連続で待望のソロアルバムを発表する。 http://port-label.jp
うん、そうなのだ。まだ書けていない。
今日は、必ず徹夜しなといけない。
なのに一昨日は、スーデラへ。munehiro君に頼んでゲストいれてもらう。そして座る場所がなかったので、誰にも頼まれていないのに物販ブース座る。ついでに物販を担当する。売りまくる。ほぼ完売。僕、こういう才能あるんちゃうんかなって思う。ただし関西風の売り方ですが。決してスタイリッシュじゃない。内容は、Kouhei君とJunkoさんのパフォーマンスが良かった。特に途中からのハーシュとボイスだけの絡みが良かった。Micaさんは構成と、サイレンス、途中使用される楽音、弱音の使い方に驚いた。Rashadはノイズの奥の具体音にも通じる運動性を持った音響体の使用が面白かった。本人にもクリスワトソンに近いものを感じたって言ったら、何か言ってた。蕎麦をRashadとNHKの2人と食って帰る。Rashadに今度は会う時は英語ペラペラになってることを約束する。他にも色々話して楽しかった。
なのに昨日は、用があって、麻布十番のギャラリー?マルチプルスペース?、まあなんでもいいやgmpにいって、千愛子ちゃんと、まおさんと、デハ君達と話す。結局は長話をしてしまう。近況や僕が決めた明日の事について。そして最近の僕がしでかした、笑える下品なネタ数個を出し惜しみなく話す。色々、話せて良かった。今、僕は完全に次の時間を向いている。未来2.0。今まで、考えた事も、決めた事も、向かい合った事もなかった、自分の未来。帰りに担々麺を食べる。中国胡椒たっぷりでおいしかった。
クリスチャンの友人に最近「ナザレのおっさん、お前の「許す」ってのが、俺にも分かった気がする。意味や解釈じゃなくて、飲み込むことなんやね」と失礼にも程がある言い方で話しをしたことがあった。そしたら彼女は笑って、なぜか褒めて?までくれた、と僕は感じた。それは前に大阪のホテルで見た坊主の説法とも通じていた。世界をそのまま飲み込む事、認めるって言い方じゃ足りない、ただ大きく息を吸うように飲み込む事、その時それまでぼんやりしていた自分が、その時確かに「いる」と思えるような瞬間が、その時にはあるように思う。帰りの電車で「分かる」と「許す」の関係について、考えたりもした。なお、今でも僕は無神論者だし、スピリチュアルな事にも全く興味がない。
今日は夕刻からの打ち合せ1件を終え帰宅。で、今から書くのだ!!色んな事情で細かい事はどうでもいい、この展示で、自分が好きな一本の線だけでもいいから、それが書けてほしい。朝までやって、ちょっと仮眠。結局寝るんかよ!!俺。
この一週間で、全てを許すに至ったつもりだった。そこまでに、半年の時間がかかった。聞いて受け入れて、その後、前向きな感情として、彼女の選択全て肯定し、未来を祝福し、そしてそれをとりまく全てを許したつもりでいた。でも何気なく聞いた、第三者の無自覚なたった一言、その自立語だけが、突然僕の中に浮いて立った。それは僕の中で渦をまき、意味をまきとり、どこまでも大きくなった。止めようがなかった。それは、数分で激烈な憎しみにまで至った。たった「それ」だけのあいつが口走った、社会的には「無自覚にいった」によって許される言葉が、僕の中では、今これほどの重さを持って、自身を押しつぶそうとしている時に、物語なんかは何の意味も持たない。ただの無自覚に個々の言葉を選択して使う人であったとしても文脈には意図がある場合が多いと思う。社会的に成功している人であれば、それはなおさらそうなのだろう。それを根拠に、その自立語はそうやって僕の中で、動いたのだろう。そして、それ以前から僕自身こそが、それを動かす装置としてあったのだ。こういう時は、手をうごかそう、目で見よう、耳を開こう。身体で世界とそうやって繋がろうとしないと、自分自身を消してしまいそうになる。でも、本当に、心の底から、彼女ついては、もう許している。
昨日は朝から区役所。夕方まで仕事をして、その後、前職の先輩の家に遊びに行く。駅前で待ち合わせて定食屋でご飯を食べて、その方の家に向かう。部屋に入る。ああ、こういう職業の人だからこういう部屋なんだろうなという事の逆で、こういう人だから今のこの職業をされているんだろうなと感じた。本棚の本、壁にさりげなくかけられたワイズベッカーのドローイングや米田知子さんの写真?など、色々、その人らしいセンスだなと思った。僕の部屋は、人に見せられたものじゃないけどw。でも、人の部屋って、その人を裏返しにした宇宙のようなものに、僕には思える。そしてその人の部屋は本当に居心地が良かった。落ち着いた時間だった。しばらくお会いしてなかったから、その間にあったこと、最近あったこと、他にも下らない事を話して、時間を忘れて12時くらいまでお邪魔してしまった。本当に楽しい時間をありがとうございました。帰り道を途中で間違えて、人に聞いたら嘘を教えられて、自分がどこにいるか分からなくなって、フラフラしてたら、タクシーにちょっとだけぶつかった。
そして、帰って絵を書く。といっても、満足出来たのはたった一本の線だけ。会期もうすぐやのに、まだまだやんかいさー。
今日は夜、イベントを見にスパデラへ行く。こないだ久しぶりにあったNHKのコウヘイ君とムネヒロ君とも話したいし、ミカ・バニオのライブもあれくらいの音のまわりで聞きたいと思うので行く事にした。深酒は絶対にせずに帰って制作の続きをやる予定!俺厳守。
BLACK PIG CHANT vol.2 PART 2
出演: Mika Vainio (PAN SONIC)、Rashad Becker (Dubplates & Mastering, Flying Swimming)、NHK bs aka Kouhei Matsunaga (Mille-plateaux, Worldsound,raster-noton,Important Records)、OUT OF THE UNKWOUN (q-tone) / スペシャルゲスト: Junko (非常階段)