yoshihide nakajima
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2010.04.22
category ; diary

新潟での展示風景を更新しましたので、左exhibitionからご覧頂けます。

しかし、僕が書いたものでも、額装すると立派になるものだと感心する。普段デザイン仕事をしている事が多いから、平面ではデザイン以外の事をしたいと思っているが、その以外っていうのがくせ者で曖昧。ただ構成する恣意が強く働きすぎると、なんとなく先行きが見えて心持ちげんなりするので、そういう気分になると画面を壊す。で、ある時点でストップさせる。でも最後に額に入っておさまりがよくなるのだけは、なんか許せるし、納得できる。良い服を着せてもらいましたね。それでは行ってらっしゃい。また、いつかどこかで会いましょう、という気分になる。

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昨日眠る時に、本棚にさしたまま、ずっと読まなかった福永武彦の「海市」を読もうとして開いたが、その瞬間一頁もめくらずに寝ていた自分。海市とは蜃気楼の異称らしいが、蜃気楼は見ずに、僕は僕の夢の中にいて、なんとも困った内容の夢なんかを見たりもしていた。それで起きて蜃気楼を見に行きたいと思ったりもした。

僕は大阪に来月から拠点をうつす。今後も東京とは頻繁に行ったり来たりをするつもりなのだが、ひとまず大阪に住む事にして物件も決めた。だが移動、引越については、実は何の用意も出来ていない。極力荷物は減らして何も持たずに行きたいと思っているが、戸棚をひっくり返すと、なんかよく分からないガラクタばかりでてきて、それを眺めながら、これ、、いつ買ったやつやっけ? これ何? って、笑って話したりしている。もうこの10年に撮って人が写った写真は一枚もなくなっているので、それを悩むことはない。だから、そのガラクタだけを、これはお前これは俺という、仕訳作業を深夜に少しした。でもまだ未決の物が山のようにあることは見ない事にしている。人生で7回目の引越、ラッキーセブン。京都には長く住んだが、大阪は初めて。初めて住む土地での、未だ見ぬ見ぬ生活。海市のようにおぼろげで、それはゆらいで見えたりもするが、そこに船を進めることを自分が躊躇いはしないということだけは分かっている。

かつて地球が丸いって分かって、宗教上の理由以外で、その「狭さ」に故に、がっくりした人はどのくらいいるのだろうか。人がぐるりと手をつないで世界の平和を願うイメージができる程に地球は狭い。船を無限に漕ぎ出せば、ここに幾度も辿り着いてしまうという、その丸さ。その狭さをできるだけ広く感じる方法だけを、最近は考えているように思う。