展示終わりました。今回のパンタロンでの展示のイベントにゲストとして来て頂いたお二方と、滞在中ご迷惑をおかけした上にお世話になった方々、何より会場に足を運んで頂いた皆様に本当に感謝してます。ありがとうございました。
終えて、まだ言葉はありません。しばらくしたら、思うこともあるとは思うのですが、今はまだありません。ただ会場にいて後半に思ったのは、展示もさることながら、僕自身が自分にとって最も騒々しいということでした。こいつは懲らしめなくてはならない。その意味や実践を考えるのは、少し先にしようと思い、清掃と片付けを続けているという今、4:30朝。昼前に終わる。
関西から帰る前に、京都で野島康三の展示を見て、自分が大阪で過ごした時間が霧散しないように蓋をしようとする。野島康三は、古本屋で10年前に買った1988 年開催の「1920年代日本展」のカタログに掲載されていた数点の写真で初めて知った。写真の頁で、被写体を彫刻的に撮る写真が多い中、これほど対象を近く引き寄せるように、その有り様をそのまま受け止めるように、また対話するように感じられる写真があることに驚いた。特に、数点掲載されたヌードの写真が好きで、この国のこの時代にこんな風に人を見ていた人がいたんだという素直な驚きと嬉しさで写真を見た。そこに僕が感じたのは彫刻でもなく、陰影の集合でもなく、まぎれもなく人だった。それらが野島康三の写真だった。その後、自分の目が疑わしくなると何度もその図版を見た、そうしていたら平綴じのカタログの背がねじれ本棚に柳腰になって並んだ。他に写真が掲載された出版物をあたったが、あまりこれというものはなく、同じそのカタログを何度も見た。という個人的に好きな作家の展示を見る。
展示されていたの中原悌二郎の彫刻を撮った写真、その一点がとても好きで、ただただ見入る。となりに実作の彫刻があり、それらを交互にただぼんやり見るという快楽。写真の中に、張りつめる程に満っした彫刻の存在感が、それがさもそこに彫刻としながら別の生をいきているように僕には感じられて仕方なかった。
平日の朝の開館と同時に入ったので人は、僕と初老の男性が一人だけ。同時代の活動に対するパトロネージとしての彼については、良く知らなかったが、そんなことは僕にとってはどうでも良かった。写真が見れて良かった。これを見たということを借りて、僕が今後噛み締めなくてはいけない時間が霧散しないように、それに重い蓋ができると思った。下階のミュージアムショップでカタログをレジの前まで持って進み、やっぱり買うのをやめた。見たことを覚えておきたかったからやめた。
自分の展示、携帯で撮った写真です。またちゃんと展示の記録は更新しようと思います。